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アドルフ・アイヒマン|ホロコーストを指揮した残虐性と意外な素顔とは?

   

第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって実施されたユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)。この残虐極まりない非人道的な行為を指導した中心的人物が、ナチス戦犯アドルフ・オットー・アイヒマンです。

アイヒマン_ホロコースト_001出典 https://ja.wikipedia.org/

彼がこのような残虐的行為に加担したのはなぜか、その経緯を紐解きながら、彼の素顔や人物像について考察します。

 

アドルフ・アイヒマンとは?

ナチス親衛隊中佐。ナチス・ドイツによる ユダヤ人問題の最終的解決 ホロコーストを主導した人物。取り分け、ユダヤ人数百万人の強制収容所移送を精力的に行いました。

連合国軍勝利後は逃亡していましたが、 1960年 5月11日に潜伏先のアルゼンチンでモサド(イスラエル諜報特務庁)に捕らえられます。 1962年 6月1日未明に絞首刑執行。56年の生涯を閉じます。

ナチス・ドイツでの経歴を下記に簡単にまとめます。

 

◇経歴

高校中退後、 1932年 4月1日ナチス親衛隊入隊。 1935年 にはユダヤ人担当課に配属され、以後はユダヤ人問題のみに関わることとなります。

その後、ウイーン勤務ではユダヤ人追放政策に卓越した手腕を発揮し注目を集めます。ユダヤ人移住のマイスターと称されるようになり、頭角を現しました。

ここでの功績が認められ、 1939年 9月27日にゲシュタポ・ユダヤ人課課長に任命されることになります。 1941年 11月に親衛隊中佐に昇進。

 1942年 1月20日のヴァンゼー会議にて、ポーランドの絶滅収容所へユダヤ人を移送する最高責任者に任命されます。その後はホロコーストへ向けて強力な指導力を発揮することになるのです。

 

ホロコーストに至った経緯

ナチスが提唱するアーリア人種至上主義が根本的な理由としてあります。世界を支配するに値する人種はアーリア人種のみであるという思想と、方やユダヤ人の血は民族を腐らせる病原菌であるという思想。これらがナチスをあの忌まわしいホロコーストに走らせた狂気の原因でした。

ホロコーストが実行計画であるユダヤ人問題の最終的解決が決定する前に、100万人近いユダヤ人は既に虐殺されていました。しかし、本格的なホロコーストが組織的に計画されたのはその後でした。

ユダヤ人を移送するマダガスカル計画が頓挫したこともあり、1942年のヴァンゼー会議により絶滅収容所へユダヤ人を列車輸送することが決定したのです。ここでは、ユダヤ人を根絶やしにすることが決定され計画は実行されることになりました。

その後の悲劇は多くの方がご存知でしょう。女性、子供、老人のガス殺。銃殺や拷問、人体実験で命を落とした方も多数。犠牲者は600万人に上るとも言われています。

戦争とは言え、こんな凄惨なことを同じ人類がしてしまうとはとても信じ難いものです。改めて平和の意味を考える必要がありますね。

 

アイヒマンの人物像

アイヒマンはこの計画を冷淡に実行し、また精力的に携わったその理由は何でしょうか。イスラエルの首都エルサレムで実施されたアイヒマン裁判から考察します。

この裁判で、衝撃の事実が判明することとなります。裁判の過程で導き出された彼の人物像は、真摯に職務に励む平凡小心の公務員の姿だと言うのです。そうです、殺戮を好む人格異常者ではなかったのです。

しかし、ここで一つの疑問が生まれます。特定の条件下では、誰しもが残虐な行為を行い得るのか?

その答えを得るべく実施された実験。それが世に言うアイヒマンテスト(ミルグラム実験)です。

この実験では、誰もが権威者への服従から逃れられず実験を中止できるものはいなかったという結果が出ています。つまり、誰しもがアイヒマンになり得るという驚きの実験結果が出たのです。

この結果に対してユダヤ人でドイツ出身の哲学者、思想家である ハンナ・アーレント は興味深い発言を残しています。

「アイヒマンは、人間の大切な質を放棄した。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となった。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為にさえも走ることがあるのです。」

この話を聞いて恐ろしくなりませんか?アイヒマンは平凡な人間で、思考を放棄したが故にあのような虐殺行為に加担した。しかもそれが私たちにも起こり得るというのです。

 

まとめ

ホロコーストとアドルフ・アイヒマンの人物像について考察してみました。

悪魔のような所業であるホロコースト。しかし、平凡な人物でさえもあのような残虐行為を淡々と主導してしまえるのです。戦争や異常な条件下では誰しもがそうなってしまうのかもしれないと聞いて、恐ろしさを感じずにはいられません。

ハンナ・アーレントも述べていたように、思考を放棄せず、考え続けることが抗い続ける最後の手段なのかもしれませんね。

 

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